2016年3月26日、痛恨の姿勢系異常により「ひとみ」衛星は失われてしまったが、HXIは13日間にわたって軌道上で運用され、全チャンネルが正常動作し、検出器バックグラウンドも予想通りの低さとなり、30 keV付近での感度は目標を達成した。ライバルと目されていた米国のNuSTAR衛星と比較して、角分解能ではやや譲るものの、HXTの優れた有効面積もあり、統計誤差が決める感度では、点源に対しては同等、広がった放射への感度では2-4倍を達成できる性能を得た。NuSTARはCXBの遮蔽が不完全でバックグラウンドに大きな系統誤差を抱えており、特に広がった天体の解析に大きな問題がある(e.g. Wik et al. ApJ 2014)が、HXI+HXTにはこうした問題がないため、感度の差はより大きい。まさに、世界最高の硬X線撮像分光検出器を実現できたと自負している( SPIE-JATIS 論文「ひとみ」特集号、"Hard x-ray imager onboard Hitomi (ASTRO-H)" Nakazawa et al.、"In-orbit performance and calibration of the Hard X-ray Imager onboard Hitomi (ASTRO-H)", Hagino et al. )。HXIのデータにより、名大Uxg研がまさに総力を上げて開発したHXTが、期待どおりの優れた結像性能と有効面積をもつことが確認された(Awaki, Kunieda, Ishida, Matsumoto et al. SPIE Proc. 2016)。HXI+HXTシステムのキャリブレーション精度の高さも驚くほどで、実際のカニ星雲のスペクトルを取得した際、打ち上げ前のキャリブレーションに基づくそのままの検出器応答の理解だけで10%より差分が少なかった。HXTの多層膜コーティングとHXIの低バックグラウンド技術は、まさに世界の先端を行っていると言える。HXI+HXTでの観測がたった13日で終わってしまったことは痛恨であり、この世界最高性能を将来に活かす検出器開発を、今後も継続してゆく。
「ひとみ」衛星はその1.5ヶ月の運用の中で、真っ先に立ち上げた精密分光装置を用いた銀河団観測を行なっており、たった2週間の観測ながら、2つのNature論文をもたらす優れた性能を実証した。ひとつは、ペルセウス座銀河団の銀河団ガスから、"The quiescent intracluster medium in the core of the Perseus cluster"。鉄輝線のドップラー観測でその乱流を計測したところ、音速の数分の一しかなかったことである。この銀河団の中心には、巨大ブラックホールがいて、そこからのエネルギー注入によりガスが激しく運動していることがわかっている。そのため乱流は大きいだろうと考えられて来たのだが、実はそうではなかった。銀河団の熱史の研究にもインパクトのあるこの結果は、「ひとみ」衛星の最初の大成果となった。
もう一つの成果は、鉄とニッケルという、Ia型超新星で生成されると考えられる重元素の組成比が、太陽系内のそれと、ペルセウス座銀河団全体の平均値がよく一致したという結果である。 "Solar abundance ratios of the iron-peak elements in the Perseus cluster"。最近の観測で、ニッケルが以上に多い可能性が示唆されたことがあり、太陽系周辺の重元素環境が宇宙の中でやや特異なのではないか、という可能性が指摘されていたのだが、これが否定され、逆に言えば、太陽系周辺の超新星爆発の様子をよく調べれば、宇宙全体をよく代表していると考えられる。
FORCEは、「ひとみ」衛星の硬X線撮像分光系(HXTとHXIで構成)を取り出し、性能を一段と向上して感度を1桁以上あげ、単機能の小型科学衛星として設計している将来衛星計画です。具体的には、1.7分角(half power diameter)だった角分解能をNASAの新技術を採用して10秒角まで改善し、「ひとみ」HXIで世界一の性能を軌道上で実証した低いバックグラウンドの検出器技術にさらに磨きをかけます。中澤はこの衛星全体と、検出器の設計を中心となって進めています。
2020年度から2023年度で気球実験を用いた半導体コンプトンカメラによるMeV宇宙観測の開拓研究が採択されました。「ひとみ」HXI、SGDや雷ガンマ線研究の経験を活かして、2020年度からこの研究を立ち上げます。この研究は、MeV観測の感度改善により新しい天体物理学を開拓することですが、技術的には FORCE 衛星の観測装置とも共通する部分が大きく、連携して進めてゆくものです。