名古屋大学U研X線グループ
名古屋大学大学院理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻 宇宙物理学研究室
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活動的銀河核(超巨大ブラックホール)
X線観測による「活動的銀河中心核」の解析
1 活動的銀河中心核とは?
宇宙空間には数千億ともいわれる銀河が存在しており、その性質は多様性に富んでいます。その中には、中心のわずか太陽系程度の領域から、太陽が放出するエネルギーの百億倍から百兆倍ものエネルギーを放出している銀河があり、このような銀河の中心部を「活動的銀河中心核(Activi Galactic Nuclei:以下AGN)」と呼んでいます。
AGNにおける最も魅力的な謎は、そのエネルギーの発生機構、つまり、如何にしてAGNはこのように膨大なエネルギーを非常に小さな領域から放出しているのか、ということです。
現在、これを説明する最も有力な解答は、「中心にある超巨大ブラックホール(太陽質量の百万倍から数億倍)と、そこに落ち込む物質の重力エネルギーの解放」というものです。太陽が「天然の原子力発電所」なら、AGNは「天然の水力発電所」といえます。
2 AGNの分類
AGNは電波からX線、γ線に至る非常に幅広い波長域で輝いています。故に、様々な波長域で精力的な観測が続けられており、多方向からAGNの素顔(ブラックホールの周りの物質分布、それらの物質の物理状態、ブラックホール自身)を暴く試みが為されています。またそれに伴い、AGNの中にも様々な種類があることが分かってきました。以下がそれを大雑把にまとめたものです。
2.2 クェーサー
AGNの中で最も明るいグループに分類される天体は、クェーサー(quasar)、もしくはQSOと呼ばれています。前者は「準恒星状電波源」(quasi-stellar radio source)からの造語であり、後者は「準恒星状天体」(Quasi-Stellar Object)の頭文字をとったものですが、現在では両者は区別なく、同一の意味に使用されています。1950年代の電波と可視光の観測において、クェーサーは「異常に青い星のような(恒星状)天体」として発見されたことが、その名の由来となっています。
クェーサーの可視光から紫外線でのスペクトル(図1)には、水素、ヘリウムなど、各種元素の輝線が見られます。特筆すべきは、これらの輝線が非常に大きな赤方偏移を示しているということです。これはクェーサーという天体が非常に遠方に存在しているということを表しています(例えは、3C273というクェーサーまでの距離は15〜30億光年もあります)。宇宙空間に於いて、「遠方にある」ということは文字通り「距離が遠い」という他に、「時間的に過去」ということも意味しています。つまりクェーサーのほとんどが遠い昔に作られたということになります。
またクェーサーは、電波域での明るさの違いから「電波の強いクェーサー(radio-loud quasar:以下RLQ)」と「電波の弱いクェーサー(radio-quiet quasar:以下RQQ)」の二種類に分けられています。RLQの母銀河は楕円銀河に限られますが、RQQは楕円銀河の場合もあれば、渦状銀河の場合もあります。
図1QSOのスペクトル
700個以上のQSOのスペクトルを平均して作られた。
幅の広い輝線と狭い輝線の両方が確認出来る。
図1
2.3 セイファート銀河
クェーサーとは対称的に比較的近傍(最近の宇宙)に多く存在しているAGNがセイファート銀河です。AGNの系統的な研究を最初に行なった人物、セイファート(Seyfert)からその名が付きました。
セイファート銀河は、その可視光のスペクトルから二種類に分けられます。一つはクェーサーと同様、幅の広い輝線と狭い輝線の両方を持つもので、他方は幅の狭い輝線しか持たないものです。前者をセイファート1型、後者をセイファート2型と呼び区別します。(図2
このような輝線はAGNの周りにあるガスから放射されていると考えられており、また、輝線の幅の広さは、放射をしている物質の運動の速度に比例しています。つまり、AGNの周りには、幅の広い(速度にして数千km/s)輝線を放出する領域(広輝線領域:Broad Line Region:以下BLR)と、幅の狭い(速度にして数百km/s)輝線を放出する領域(狭輝線領域:Narrow Line Region:以下NLR)の二つが存在していることが解ります。
以上のように書いてしまうと、クェーサーとセイファート1型銀河はBLRとNLRの両方を持つ一方、セイファート2型銀河はNLRのみしか持たないような印象を与えてしまいますが、実はそうでないことが「AGNの統一モデル」によって説明されています。(3節参照)
図2
上:セイファート1型AGNのスペクトル
下:セイファート2型AGNのスペクトル
図2
図2
2.4 電波銀河
クェーサーに於いて、電波の弱いRQQの片割れとして電波の強いRLQがあるように、セイファート銀河に対する電波の強い片割れが、この電波銀河です。電波銀河にもセイファート銀河と同様に1型と2型があり、前者をBroad Line Radio Galaxy:BLRG、後者をNarrow Line Radio Galaxy:NLRGといいます。更に、NLRGは光度の高いファナロフ・ライリィ2型(Fanaroff-Riley type II)と、光度の低いファナロフ・ライリィ1型(Fanaroff-Riley type I)に分けられます。
3 AGNの統一モデル
以上までで、様々なAGNの説明をしてきましたが、ここに挙げられていないAGNもいくつか存在します。非常に強い電波源であるが、そのスペクトル中に全く輝線の存在しない「BL Lac 天体」、クェーサーに匹敵する光度を赤外線領域で放出している「超高光度赤外銀河」、他のAGNに比べ低電離の輝線を放出し、渦状銀河の約50%で発見されるほどありふれたAGNである「ライナー(Low-Ionization Nuclear Emission-line Region galaxy)」など、更に細かく分ければキリがないほど多様性に富んでいます。
しかし、このような多様性が、真にAGNの個性を反映しているのかと言えば、実はそうではありません。その良い例がセイファート1型とセイファート2型の相違です。2.3で述べたように、1型は幅の広い輝線と幅の狭い輝線の両方を示し、2型は幅の狭い輝線しか示しません。しかし、これは直接光の観測結果であり、直線偏光を観測すると2型にも幅の広い輝線が存在することが明らかになりました(図3)。光が偏光していることから、この輝線は何らかの物質により散乱を受けたと考えられます。つまり、セイファート2型に於いては、セイファート1型と同じようにBLRがあるものの、何らかの物質に遮られて直接は見えなくなっているわけです。更に言えば、セイファート1型とセイファート2型は全く同じAGNでありながら、我々からAGNの中心を見込む角度が異なる為に観測されたスペクトルに違いを生じたわけです。
以上の考察からAGNに対する下のような描像が得られます。
図3
上:直接光観測によるスペクトル
下:直線偏光観測によるスペクトル
図3
AGNの物質分布図(断面)
AGNの物質分布図(断面)
この図中にある「分子雲トーラス(トーラスとは、ドーナッツ状の形態をしたものを意味する)」がBLR(広輝線領域)を隠していると考えられています。NLR(狭輝線領域)は1型にも2型にも見られるわけですから、分子雲トーラスの外側に広がっていると考えられます。
4 まとめ
ここで説明してきた天体を、可視光強度、電波強度、中心を見込む角度(上の図において、真上から見込む角度をゼロ度とする)の三つの指標で分類すると以下の表のようになります。
AGNの分類図
  中心部を見込む角度 小 中心部を見込む角度 大
可視光強度 小&電波強度 小 セイファート1型 セイファート2型
可視光強度 小&電波強度 大 BLRG ファナロフ・ライリィ1型
可視光強度 大&電波強度 小 RQQ ?
可視光強度 大&電波強度 大 RLQ ファナロフ・ライリィ2型
この表を見るとRQQに対する2型RQQは見つかっていないことが解ります。最近のX線の観測「あすか」により2型RQQと思われるスペクトルを持つ天体が見つかってきています。この2型RQQの発見は「宇宙X線背景放射」の起源を説明出来る可能性があるため、今後のより詳細な観測と解析に期待が持たれます。
5 X線によるAGNの観測
アインシュタインの相対性理論が予言し、全ての物質を飲み込み、光さえも脱出させないという理論上のモンスター、それがブラックホールです。天文学においても、宇宙物理学においても最も謎めいたこの天体に対して、様々な観測によるアプローチが為されていますが、その中でも、X線による観測が非常に重要な鍵を握っています。そもそも、電波にしろ、可視光にしろ、X線にしろ、天体から来る光というのは、その光が発せられた場所、もしくはその光を発した物質の物理状態(運動速度、電離状態、密度、温度など)や、空間的な位置といった非常に重要な情報を持っています。AGNの観測に於いて、より深遠部、つまり、ブラックホールの極近傍の情報を知りたいならば、より中心部より発せられた光を観測する必要があります。X線はこのような観測には最も適した光であり、事実、X線天文衛星「あすか」により、中心のブラックホールの非常に強い重力の影響を受けたと見られる鉄の輝線が観測されました。
5.1 AGNの時間変動
X線でAGNを観測した時の第一の特徴は、その明るさの変動の速さです。一般にどんな情報も光速度を越えて伝達することは出来ないため、明るさの変動時間がt秒で起こったならば、その変動を起こしている放射領域の大きさは少なくともc×t(cは光速度)以下であると考えられます。X線領域に於けるAGNの時間変動はだいたい数時間から数日となっています。例えば、時間変動が一日で起こったとして、上の計算を当てはめると、放射領域の大きさは、1日(=86400秒)×30万km/s=250億kmとなります。これは極めて小さな領域から放射していることを意味しています。実感が湧くように、銀河の大きさを野球場の大きさ(半径100m)とするなら、放射領域の大きさはマウンド上の直径1mmほどの砂粒になります。
5.2 鉄輝線から探るAGNの深遠部
X線領域では、そのスペクトル中に鉄の輝線が現れます。この鉄輝線は、中心から放射されたX線がその周りにある物質中の鉄原子と相互作用することによって生じます。よって、中心の放射が明るくなれば鉄の輝線も明るくなります。さて、これに関連した非常に興味深い結果が得られています。下の図はNGC6814というAGNを観測したときに得られたlight curve(X線の明るさの時間的な変動)です。上のパネルが中心の放射のlight curveで、下のパネルが鉄輝線のlight curveであり、一つのデータ点が250秒の時間間隔となるように表されています。これを見ると、両者の時間変動に違いは見られません。もっと正確に言えば、250秒以内で両者の変動は一致していることになります。先に述べたように、鉄輝線は中心から発せられたX線がその周りにある鉄原子の所まで飛んでいき、そこで相互作用することで生み出されます。つまり、X線が飛んでいる時間分だけ中心の変動に比べ、鉄輝線の変動は遅れることが予想されます。よって下の図は「鉄輝線を放出する物質は、中心の放射領域から光の速度で250秒以内の領域に存在している」という事を意味しています。5.1と同様の計算をすることによってその領域は中心の放射領域から7500万km以内であると結論づけられます。
NGC6814のlight curve
NGC6814のlight curve

3節のAGNの物質分布図と合わせて考えるならば、この鉄輝線を放出している物質は降着円盤ではないか、というのが最近の主流となっています。更に、この考え方を指示する結果が日本のX線天文衛星「あすか」によってもたらされました。この結果は、鉄輝線の放出領域を見積もっただけでなく、中心にあると思われるブラックホールの非常に強い重力の影響をも証明したという点で、「あすか」の観測の中でも最も大きな成果であると言われています。
ここでは、この非常に重要な結果を示す前に、逆の立場から「では、もし鉄輝線が降着円盤から放出されるならば、観測される鉄輝線はどのようになるのか?」ということを考察し、その結果と実際の観測結果を比べることでより新鮮な驚きを提供したいと思います。
下の図の左の絵が、現在考えている降着円盤の様子を表しています。一方右の図がその時に観測されるであろう鉄輝線のスペクトルです。それでは図に沿って説明を加えていきます。
1 円盤が回転していない場合は一本の鉄の輝線が観測されるだけです。以下、この状態を基準としてその変化を考えていきます。

2 円盤が回転していると観測される鉄輝線が二つに分かれてみえます。これは、「ドップラー効果」として知られている現象で、日常でも近付いてくる救急車のサイレンの音は高く聞こえ、遠ざかるにつれて音が低く聞こえる事がよくあると思いますが、それと原理は全く同じものです。音が高く(低く)なるということは、音の振動数が大きく(小さく)なることに等しく、それは更に音のエネルギーが高く(低く)なることを意味しています。ここで、「音」を「光(X線)」に置き換えれば同様のことが言えます。この図では円盤は反時計周りで回転しているため、円盤の左側(青い部分)から放出された鉄輝線は1で観測されるよりも高いエネルギーで、円盤の右側(赤い部分)から放出された鉄輝線は低いエネルギーで観測されます(図中のスペクトルの横軸は右へいくほどエネルギーが高いことを意味しています)。

3 円盤が回転していることに関しては2と同じですが、回転速度が光速に近付いてくると「ビーミング効果」という現象が現れてきます。これは、運動している方向に放射が集中(ビーミング:beaming)するという現象で、図中では赤い側からの放射は図の奥の方へ、青い側からの放射は手前の方へ集中することになります。これにより、観測される鉄輝線は、エネルギーの高い方の強度が強くなり、エネルギーの低い方は強度が弱くなります(スペクトルの図では輝線の強度を輝線の高さとして表しています)。

4 最後に、円盤の中心に超巨大なブラックホールが存在した場合にはどうなるでしょうか。このような場合、ブラックホールの周りは非常に強い重力(重力場)によって支配されます。この重力場で発せられた光が観測できる為には、光が重力の影響を振り切って脱出する必要があります。地球の重力を振り切って宇宙へ飛び出すロケットが多量の燃料(=エネルギー)を消費するように、光も、ある量のエネルギーを使いブラックホールの重力圏から飛び出してきます。そのため、輝線のエネルギーは元々その光が持っていたエネルギーよりも小さくなって観測されます。これを「重力赤方偏移」と言います。図のスペクトルは、3の場合のスペクトルがエネルギーの低い方へ移動したものになっています。

図
以上のことから、強い重力場における回転円盤から放出された輝線は、左右非対称の非常に奇妙な形のスペクトルを示すことが予想されます。
それでは、いよいよ「あすか」によって観測された鉄輝線のスペクトルをお見せしましょう。

「あすか」によって得られたセイファート1型AGN、MCG-6-30-15の鉄輝線のスペクトル
非対称に広がった形が見てとれる
鉄輝線のスペクトル

如何でしたでしょうか?この観測結果は1995年6月22日付 のイギリスの科学雑誌「NATURE」に掲載され、非常に大きな話題を呼びました。これにより、AGNの中心に非常に大きな質量を持った天体(=ブラックホール)が存在していることが益々真実味を帯びてきました。しかし、残念なことに「あすか」による観測においても、このようにはっきりとしたスペクトルが得られた天体は数例しかなく、ブラックホールの周りの物理状態を全て解明できたわけではありません。このため、今後打ち上げが予定されている「次期X線天文衛星」---Astro-E II---に大きな期待がかけられています。
 
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