名古屋大学U研X線グループ
名古屋大学大学院理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻 宇宙物理学研究室
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宇宙の大きさを測る 〜 銀河団と Sunyaev-Zel'dvich 効果 〜
ハッブル定数 H0

銀河系外の天体は遠い物ほど速い速度で我々から遠ざかっている。1929年 にエドウィン=ハッブルは比較的近傍にある幾つかの系外銀河までの距離とそ の後退速度の関係を調べ、後退速度( v)と距離( r)が比例 関係にあることを発見した。

v = H0 r 注:この式は近似なので、赤方偏移が1より小さい所で成り立つ。

これをハッブルの法則とよび、その比例係数をハッブル定数 H0と呼んでいる。宇宙の膨張を支持する結果として、宇宙背 景放射の発見とともに重要な発見のひとつである。 この H0こそ 宇宙の膨張の割合、宇宙の大きさと年齢の基準 となる定数なのである。

(宇宙の年齢は大体、 1 / ハッブル定数 程度と思え ば良いが、宇宙の物質密度や宇宙項に依存する。)
ハッブル定数を求めるには、ハッブルが行ったように天体の後退速度とその天 体までの距離を求めればよい。天体の後退速度は光のドップラー効果を利用し て比較的簡単に測ることができる。光のドップラー効果とは、我々から遠ざかっ て行く物体からの光は赤く(エネルギーが低く)、近付いて来る物体からの光は 青く(エネルギーが高く)なる現象で、エネルギーの決まっている光がどの程度 赤くなって見えるかを測定することで、天体が遠ざかる速度を求めることが出 来る。 しかし、距離を測るのはそれほど容易ではない。そのため、ハッブル定数 の決定を困難にしている。

最初にハッブルが求めたハッブル定数の値は約 526 km/sec/Mpc であった。こ こから推定される宇宙の年齢はだいたい20億年となり、宇宙の年齢としてはあ まりにも短いといえる。実際、地球の年齢が約45億年であり、地球が宇宙より も古くなってしまう。これは、距離を求める時に利用した変光星の明るさ-- 周期関係に誤りがあったために生じた矛盾であったが、それが判明したのは 1950 年代のことであった。

それから現在まhttp://www.u.phys.nagoya-u.ac.jp/asca_html/sz/H0_pict.gifで、観測精度の向上や距離決定の指標、理論の整備が進むにつ れ、ハッブル定数の値も変化して来た( 天体までの距離の測り方)。

現在のところ、最も信頼できるといわれているハッブル望遠鏡による変光星の 観測から求められている値は 約 70 km/sec/Mpcである。 しかし、この結果は高々6000万光年以内の天体を用いて求められたものであり、 宇宙全体の代表値としてよいという保証は全くない。言わば、「愛知県内の測 量をやって作った地図を用いて地球の大きさを求める」ようなものである。

そこで登場するのが、銀河団までの距離を求めてハッブル定数を求める方法、 「スニヤエフ--ゼルドビッチ効果を用いた銀河団までの距離決定」である。こ れを用いると従来の距離測定法に比べ、100倍以上遠方(数10億光年)にまで距 離決定をのばす事ができる。先の例でいえば、「北半球の測量をやって作った 地図を用いて地球の大きさを求める」といったところである。

この方法ではX線観測が非常に重要な鍵を握っている。

スニヤエフ--ゼルドビッチ効果を用いた銀河団までの距離決定

宇宙はほぼ一様な絶対温度3度(黒体輻射)のマイクロ波背景放射で満たされ ている。このマイクロ波背景放射の光子が銀河団内を走り回っている電子によ る散乱をうけて、その光子のエネルギーが変化する現象をスニヤエフ--ゼルド ビッチ効果という。この効果は銀河団の方向でマイクロ波背景放射の電波強 度が他の方向と異なって見えることで観測される。この電波強度の変化は銀河 団内の電子の温度や密度、銀河団の大きさに比例する。X線観測から銀河団内 の電子の密度、温度を測る事ができるので、電波強度の変化と電子の密度、温度から銀河団の大きさが求められる。

大きさが分かると、三角測量の要領で銀河団までの距離を測る事が可能である。 銀河団は宇宙に存在する天体の中でもっとも大きいものであり、非常に遠方の ものまで観測できる。

図

図2X線天文衛星「あすか」は、銀河団ガスの温度と銀河団ガスの密度分布を同時 に測る事ができる初めての衛星で、このスニヤエフ--ゼルドビッチ効果による 距離決定でもその性能を発揮している。


右の絵は「あすか」で観測した銀河団で、スニヤエフ--ゼルドビッチ効果を用 いて距離を決めたものを赤方偏移に対してプロットした物である。

赤丸の点がデータ点で、曲線はこれらのデータ点から得られた距離と赤方偏移 の関係である。この関係は、ハッブル定数と宇宙モデル(宇宙の物質密度と宇 宙項によって決まる)によって決まる。曲線が何本もあるのは、宇宙モデルに よる違いを表している。

この絵の中で従来までの方法(天体までの距離の測り方)では、赤方偏移がほとんど0の天体にしか適用できない。

こうして得られたハッブル定数は宇宙モデルの違いを考慮してもだいたい 60 km/sec/Mpc のあたりになっている。 今後は、さらにサンプル数を増やして宇宙の大局的な値を求めて行く事が重要 となって来るだろう。

銀河団からの鉄輝線における共鳴散乱の効果
個々の銀河団における観測結果

銀河団から観測されるX線スペクトルは熱平衡に達した電子からの連続成分と高階電離した重元素からの輝線により成り立っている(あすかによって得られた乙女座銀河団の中心M87銀河のスペクトル)。 連続成分からは銀河団の温度がわかり、輝線のエネルギーからは含まれる重元素の種類とその電離度(元素から電子が幾つ剥ぎとられたか)が得られる。また、銀河団が光学的に薄い場合、輝線強度から重元素の量が、同じ元素の違った電離状態を持つ2つの輝線の強度比から温度が分かる。(銀河団が光学的に薄い場合とは、光学的深さτが1より小さい場合のことで、銀河団がすけすけで、銀河団の中心まで見通すことができる状態を言う。τは〜密度×半径×散乱断面積で表す。ほとんどの銀河団の場合光学的に薄いと思われている)

銀河団間ガス(intra cluster medium)中では連続成分のτは1より十分小さいが、輝線の中にはτが1より大きく共鳴散乱の影響を大きく受けるものも存在する。銀河団内で発生したτが1より大きい輝線は、中心で共鳴散乱を大きく受け、その散乱された成分が等方的にひろがり外側からの輻射となるので、最終的にその輝線は中心で減少し周辺部で増加して観測される (イメージ図)。

ここで、He-likeの鉄(電離され、電子が2個しかない状態の鉄)のKα線(τ = 2.7@M87 、 4@ペルセウス座銀河団 、 1.25@A2319銀河団)が、Kβ線(τ = 0.45@M87 、 0.7@ペルセウス座銀河団 、 0.185@A2319)に比べ共鳴散乱の影響を大きく受けることに注目した。
また、この効果を観測から得られた強度比と比較するために、鉄のKα線とKβ線の比をモンテカルロ シミュレーションで定量的に見積もった。(この際、銀河団は等温、球対称、βモデルを仮定した。)
A2319(z = 0.056, kT = 9keV)とM87(z = 0.0039, kT = 1.8-2.7keV)、ペルセウス座銀河団(z = 0.0183, kT = 4-7keV)、A665(z = 0.1816, kT = 9keV)について、ASCAの観測データからHe-likeの、鉄のKα線の鉄のKβ線とニッケルのKα線を混合した輝線に対する強度比(等価幅の比)を調べた。

その結果、4つの銀河団において、鉄のKα線の鉄のKβ線とニッケルのKα線を混合した輝線に対する強度比(等価幅の比 = 1.5@M87の中心 、 3@ペルセウス座銀河の中心、強度比 = 3.2@A2319)が、プラズマが輝線に対して光学的に薄いとした場合の値(等価幅の比 = 9@M87の中心 、 5.5@ペルセウス座銀河の中心、強度比 = 7@A2319)より小さく、また、この値が空間的には中心から外側に向かって増加している傾向があることが明らかになった。
これは、鉄のKα線が共鳴散乱を受けている証拠であると考えられる。従って、この輝線を用いて重元素量や温度を導出する際には、この効果を考慮に入れる必要性があり、重元素量の導出には、共鳴散乱を考慮したモデルでフィットしないと中心で小さく見積ってしまうことが分かった。

しかし、A2319とM87においてはモンテカルロ シミュレーションで定量的に見積もった共鳴散乱の効果を考慮に入れても中心での比の値が小さいことは説明しきれない。また、A665のように銀河団全体で見てもその比は小さい。そこで共鳴散乱の他にも比の値を下げる効果が必要であると考えられる。

以下に考慮した主な輝線を示す。

Ion transition energy(keV)
---------------------------------
Fe 25 1s1S-2s3S 6.635
Fe 25 1s1S-2p3P 6.674
Fe 25 1s1S-2p1P 6.699
Fe 26 1s2S-2p2P 6.966

Ni 27 1s1S-2p1P 7.799
Fe 25 1s1S-3p1P 7.898
Ni 28 1s2S-2p2P 8.052
Fe 25 1s1S-4p1P 8.212
Fe 26 1s1S-3p2P 8.212

150個の銀河団の観測結果

さらに輝線の共鳴散乱効果の検証を行なうため、 150個の銀河団の解析の結果を使い、以下の研究を行なった。

まず、 1-3, 3-6, 6-9, 9-12 keVという温度毎にグループ分けを行い、 次に、そのグループ毎に、スペクトルの足し合わせを行った。 これにより、統計の良いスペクトルが得られ、初めて鉄の Kβ線を He-like鉄 Kβ線と H-like鉄 Kβ線に分離することが出来た。(H-likeの鉄:電子が1個しかない状態まで電離された鉄)

図2
(温度が6keV以上の銀河団のスペクトルを足し合わせたもの)

足し合わされた統計の良いスペクトルから、以下の鉄輝線の強度比を調べた。
R1 = Kα-Blend / Kβ-Blend
R2 = He-like Kα / H-like Kα
R3 = He-like Kβ / H-like Kβ
R4 = He-like Kα / He-like Kβ
R5 = H-like Kα / H-like Kβ

Kα-Blendは、He-like Kα線とH-like Kα線の和で、Kβ-Blendは、He-like Kβ線とH-like Kβ線の和である。
この際、観測された全領域と中心部、外側部の3つの領域のスペクトルについて行なった。
これらの輝線強度比は、プラズマの温度によって決まる量である。
ただし、 He-like Kβ線には、ASCAのエネルギー分解能の制限により分解できないニッケルの輝線を含んでいることから、R1、R3、R4には、ニッケルの組成比の不定性を考慮しなくてはならない。 また、H-like Kβ線には、鉄のKγ線等の混入の可能性があるため、R4、R5 の検討にはその可能性を考慮しなければならない。

中心領域についてグループ毎のこれらの強度比を調べた結果を示す。(温度は連続成分から単一温度モデルを仮定して求めた。)
R1
R1
R1
R2
R3
R3
R4
R4
R5
R5
図中の実線は、光学的に薄いプラズマモデルから予想される比の値を表している。 ここで、R1においてニッケルの組成比を変えたモデル(鉄 1 solarに対し、ニッケルが、0, 1, 2, 3, 4, 5の太陽コロナと同じ組成比 solar abundanceを持つ場合)、R3とR5において、鉄のKγ線等の混入を考慮した場合のモデルも加えてある。 ただし、R3とR4に含まれるニッケルの寄与については表示していない。 これらの図から、輝線強度比が温度から予想される値と矛盾していることが明らかになった。 そこで、この原因として、ニッケル輝線の混入・鉄のKγ線等の混入と共鳴散乱効果について調べた。
R1、R4が小さい

1)鉄のHe-like Kβ線が強い。
He-like Kα輝線に含まれるニッケルの組成比(solar)が鉄の組成比(solar)より大きい。

Dupkeらは重元素の中心集中がある銀河団のASCAデータ解析を行ない、 ニッケルの量 (Ni 〜 5 Fe) は、Nomotoの Convective Deflagration model = W7 SN Type Ia モデルと一致しており、 銀河団中心でSN Ia からのejectが多いことを示していると主張している。

しかし、この解釈は、R3の傾向と一致しない。ニッケルの組成比が大きい場合、R3は大きくなるはずである。また、輝線のプロファイルから、ニッケルの組成比(solar)は鉄の組成比(solar)の1.8倍以下であることが分かった。

2) 鉄のHe-like Kα線が弱い。
共鳴散乱効果により光学的深さの大きなHe-like Kα線が減少している。
これについては、次の章で述べる。

R3、R5が小さい

H-like Kβ線への鉄のKγ線等の混入が考えられる。この混入を考慮すると、モデルは、下図に示された実線から点線のように小さくなり、データを説明する事ができる。 ちなみに、これらの強度比は共鳴散乱効果によりほとんど影響を受けない(次章)。

R2が小さい

この He-likeKα線と H-like Kα線の強度比は、他の輝線の影響は全くない。 したがって、この強度比が小さいことは、共鳴散乱効果によってのみ説明可能である。

銀河団の共鳴散乱効果のシミュレーション結果

銀河団の中心部は密度が高く、多くの輝線を放出しているが、振動子強度の大きな共鳴輝線は 共鳴散乱を受けてしまう。 共鳴散乱効果とは、鳴散乱を受けた輝線が中心部で減少し、外側で増加して観測される効果である。 従って、表面輝度分布は下左図のように歪んで観測される。 (図には、共鳴散乱効果がない場合と光学的深さが5の場合を示した。)

表面輝度分布の歪み
τが0と1の場合 (β=2/3のβモデルを仮定)
表面輝度分布の歪み

ここで、銀河団の中心での He-likeの鉄のKα線の光学的深さは、以下のように求める事ができる。
光学的深さ τ(He-like Fe Kα) =integrate σ(Te) n(Fe) i(XXV) dr
この式に、150個の銀河団の解析の結果得られた温度と重元素組成比、電子密度分布を代入する事によって 各銀河団の光学的深さを求めた。この結果、22個の銀河団において光学的深さが1を超えることがわかった(下表)。

 

target, τ , target, τ , target , τ
-----------------------------------------------
Cen , 2.89, HYD-A , 1.42, PKS0745-191 , 1.17
PER , 1.99, A2390 , 1.35, A2199 , 1.17
M87 , 1.77, A478 , 1.27, A1795 , 1.16
A1704 , 1.72, A2204 , 1.25, AWM7 , 1.14
E1455 , 1.69, A1045 , 1.25, A262 , 1.12
A3112 , 1.67, A1204 , 1.21, A85 , 1.08
A496 , 1.57, A483 , 1.20, MKW3S , 0.99
A1722 , 1.44, A115 , 1.19, A2029 , 0.99

共鳴散乱を考慮した時(τ = 1, 2, 3)、R1はこのように変化する。 従って、R1を共鳴散乱だけで説明するためには、τ 〜 3が必要であることが分かる。

まとめ

輝線強度比を詳細に調べた。
その結果、 80%の銀河団の中心部について、エラー大だが、R1 が小さいことがわかった。
低温の銀河団については、R1 & R2 が有意に小さかった。
高温の銀河団について、足し合わせたスペクトルから、全ての比が小さくなっていることがわかった。

ニッケルの寄与 (R1, R3, R4に影響する) については、組成比が鉄の1.8倍以下であった。
R3, R5は、Kγ線等の寄与で説明され、 R1, R2, R4は、共鳴散乱効果で説明可能であった。

従って、He-like Fe Kα線から組成比を導出する時、共鳴散乱を考慮しないと銀河団中心でunderestimateする。

今後

○ Chandra衛星 & XMM衛星

Chandraにより、高い空間分解能が実現され、共鳴散乱効果の影響の大きな、より中心分の重元素組成比を求める事が可能になった。 これは、共鳴散乱効果を補正しないとunderestimateしてしまうと考えられる。
また、XMMは、大有効面積により、統計を上げることが可能となった。これにより輝線解析が進むと期待される。

○ ASTRO-E2衛星

高エネルギー分解能を実現しているため、
ニッケルの組成比の正確な導出が可能となる。また、
He-like と H-like Fe Kα線の強度の比較が正確にできるようになる。

ASTRO-E2衛星で期待されること

さらに…

波によるSunyaev-Zel'dovich効果と 銀河団のX線観測からハッブル定数(H0)を求める場合には、 Sunyaev-Zel'dovich効果が観測できる銀河団の数が限られること、銀河団の特 異運動と区別できないこと等の問題がある。そこで、銀河団内高温ガスによる 鉄輝線の共鳴散乱効果を用いたハッブル定数の導出方法を考えている。

銀河団が等温、球対称で元素組成比の空間分布が一定であるとの仮定のもとに、 輝線の共鳴散乱効果によって求めた銀河団の奥行き方向の情報(銀河団の大き さR)と銀河団の視直径θから、銀河団までの距離d=R/θが求められ、さらに ハッブル定数H0=cz/d を推定することができる。

この方法はX線の撮像スペクトル観測だけを使って求めることができるという 点で非常に有効である。

しかし、現在のところ、τの誤差は100%程度であるため、ハッブル定数の誤差も同程度である。

 
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